真葛について

真葛について


真葛まくず 宮川家は江戸時代初期の貞享年間(1684~1687年)に創業し、十二代、約350年続く京焼の窯元です。初代香齋の頃から「写しうつし」と呼ばれる京焼や歴代の名作の再解釈に重きを置き、時流に合わせて様々な作品を生み出してきました。煎茶が盛んな折には煎茶道具、茶の湯が盛んなときには茶道具を制作するなど、その高い技術力と独自の技法によって京都の高い欲求に応え続けています。幅広く多様な作風の中で実現してきた京都の華やかな気品は、国内はもちろん今日ではアメリカ、イギリス、フランス、中国などの海外の方にもご評価をいただけるようになりました。
京都の文化と真葛の技法を現代につむぎ、日本が誇る工芸の美を実現した気品とその楽しみを今に届けています。


当代 宮川香齋

当代 宮川香齋当代 宮川香齋Miyagawa Kôsai 7th

京焼の家に生まれ、幼い頃より代々の見本がそこかしこに置かれていた工房のある家で育って参りました。2024年に真葛七代 宮川香齋を襲名したばかりですが、野々村仁清を始め、真葛焼を興した宮川長造、そして歴代香齋までの京焼の先達たちの仕事の素晴らしさとそれを守り受け継ぐ重責を感じながら、土に向き合う日々を過ごしています。
ものづくりは後ろばかりではなく、前も向かなければ良いものは生み出せません。伝統という土台の上に今の時代を映し出した私の精一杯をご覧いただくことが、私が皆様また京焼の先達にできる恩返しだと考えております。真葛の伝統的な技法を重視しつつ、一子相伝のワラ灰釉の質感を生かした釉下彩や、また二重透かしなど、失われた京焼の高度な技法の復活にも心力を注ぎ、現代に新たな真葛を生み出していくことを私なり努めたいと強く心に決めて進みたいと思います。それが皆様に楽しんでいただける、また微量ながらも次の時代の土台となればと願ってなりません。
何卒、御高覧、御高配賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

略歴

1977
京都生まれ(本名:真一)
2000-2001
アメリカ ミシガン大学美術学部留学
2002
京都精華大学芸術学部造形学科陶芸専卒業
2003
京都市工業試験場窯業科修了
2004
京都府陶工高等技術専門学校卒後、萩焼12代坂高麗左衛門先生に師事
2005
生家 真葛窯に入る
2024
真葛七代 宮川香齋を襲名

真葛焼の特徴

写し
写し写しうつし」は、元になった本歌を手本にし、その真意を今に再出現させようとつくる模倣のことです。
江戸時代に入り世の中が安定すると京都では武士や町衆の中で「茶の湯」が流行し、茶道具の需要が増えてまいります。京都東山に白い陶土があり、その山麓周辺に数多くの窯が築かれ、中国や朝鮮の焼物の「写し」をつくっていました。「写し」は京焼の初源でもあり、特色のひとつと言えるでしょう。
現代の「写し」は単なるコピーではなく、名品の特徴を古典として捉え、今の視点から再解釈し、現代に再構築して提供するものです。もちろん技量がなくては成り立ちませんが、写す側の人間の創造性が、写すことよって返って際立ち、その物に宿ることが意義だと考えています。
ワラ灰釉
ワラ灰釉真葛代々が受け継いで行く大切なもののひとつがワラ灰釉わらばいゆうという釉薬うわぐすりです。
ワラ灰釉は、ほんのりと青みがかった、まろやかな乳白色で、ふっくらとした風情が醸し出されます。この風情こそ真葛焼の気品を生み出していると言っても過言ではありません。しかし、同じワラ灰釉でも下の土によって温もりのある赤みを帯びたり、涼やかな青白色を見せたりと色目もさまざまです。

ワラ灰釉はもともと京焼の始祖野々村仁清ののむらにんせいが用いていた釉薬で、仁清写しを得意とした宮川長造は扱いに長けており、真葛代々で用いられてきました。
茶の湯と真葛焼
茶の湯と真葛焼真葛 宮川香齋家の四代永誉香齋が、昭和の初めに茶の湯の手ほどきを受け、自らもお茶を楽しみ、茶陶作家として作品を制作してまいりました。この姿勢は代々受け継がれ、現代に至っております。
十水五石
十水五石初代 赤鯶香齋以後、京都守護職の会津藩主 松平容保公から賜った「十水五石じゅっすいごせき」の遊印を布や箱に使用しています。
この「十水五石」の語は中国の杜甫子美の漢詩「戯題王宰畫山水圖歌」の一説の「十日畫一水 五日畫一石」(十日に一水を画き、五日に一石を画く)より出典されています。つまり手間暇を惜しまず、ひとつひとつ丁寧に進めていくという意味です。